M&A契約書の作成においては、一般的な注意点に加え、業種や事業内容に特有のリスクをしっかりと考慮する必要があります。歯科医院のM&Aでは、医療業界ならではのリスクや規制、業務上の特有の条件が存在し、それらに対応した契約内容を整備しなければなりません。ここでは、歯科医院のM&A契約書における重要な注意点と、特有のリスクについて東海事業継承サポートセンターが説明します。
- 診療報酬請求に関するリスク
1.1 診療報酬請求の不正リスク
歯科医院では、診療報酬の請求が収益の重要な要素となりますが、過去に不適切な診療報酬請求が行われていた場合、M&A後に買い手が法的責任を負うリスクがあります。診療報酬請求に関する不正や過誤は、重大な行政処分や罰金に繋がる可能性があるため、契約書で適切にリスクを管理することが重要です。
契約書に含めるべき内容:
- 売り手が過去の診療報酬請求に関して正確かつ合法的に行っていたことを保証する条項
- 過去の診療報酬請求に関連する訴訟や行政処分の有無についての開示義務
- M&A後に発覚した不正請求に対する賠償責任や補償条項
1.2 診療報酬改定への対応
診療報酬は定期的に改定され、歯科医院の収益に大きな影響を与えることがあります。M&A後に報酬改定が行われた場合、その影響をどう評価するか、契約書に反映させる必要があります。
契約書に含めるべき内容:
- 診療報酬改定が行われた場合の収益見込みに対する影響についての条項
- M&A後に報酬改定があった際のリスク分担に関する取り決め
- 売買価格が報酬改定の影響を反映した価格調整条項の設置
- 許認可に関するリスク
2.1 医療法による許認可の継承
歯科医院を運営するためには、厚生労働省や保健所からの許認可が必要です。M&Aの際に、この許認可が適切に継承できるかどうかは、取引の成功を左右する重要なポイントです。特に事業譲渡を行う場合、新たな許認可の取得が必要になることがあるため、その手続きや条件を契約書で明確にしておく必要があります。
契約書に含めるべき内容:
- 必要な許認可の詳細と、それが適切に継承されることの保証
- 許認可が継承できなかった場合の取引解除条件や賠償責任の取り決め
- 事業譲渡の場合に、新たに許認可を取得するための役割分担や手続きスケジュール
2.2 保健所や行政の検査結果
歯科医院は定期的に保健所や行政機関からの検査を受けますが、過去の検査で違反が見つかっている場合、それがM&A後に問題となる可能性があります。特に、衛生管理や医療機器のメンテナンスに関連する違反は、営業停止や改善命令が出されることもあります。
契約書に含めるべき内容:
- 過去の保健所検査結果や指摘事項の開示義務
- 違反があった場合の是正義務や、未解決の場合の補償条項
- 今後の検査に関するリスク分担と対応策
- 患者カルテや個人情報管理に関するリスク
3.1 患者カルテの継承と管理
歯科医院のM&Aでは、患者カルテの継承が重要な問題となります。カルテには患者の診療履歴や個人情報が含まれているため、個人情報保護法や関連法令に基づき、適切に管理しなければなりません。M&A後に患者データが適切に管理されていなかった場合、重大な法的リスクを抱えることになります。
契約書に含めるべき内容:
- 患者カルテや個人情報の適切な継承に関する条項
- データの管理方法や個人情報保護に関する遵守義務
- 万が一データ漏洩が発生した場合の責任分担や補償条項
3.2 カルテ引継ぎの技術的課題
紙のカルテを使用している場合、M&A後に電子カルテへの移行を検討することがあります。この際、データ移行やシステム統合がスムーズに行われるかどうか、技術的な課題が生じることも考慮する必要があります。
契約書に含めるべき内容:
- 紙カルテから電子カルテへの移行方法や移行コストの負担者を明確にする
- 移行作業における技術サポートの提供や責任分担
- 万が一のデータ移行失敗に対する補償責任
- スタッフの雇用と労務リスク
4.1 スタッフの雇用継続と労働契約
歯科医院のM&Aでは、スタッフの雇用継続が重要な要素となります。M&A後も優秀なスタッフがクリニックに残るかどうかは、診療の質や運営の安定性に大きな影響を与えます。また、売り手と買い手の間で労働契約や雇用条件が異なる場合、スタッフの不安や離職リスクが高まるため、雇用継続に関する取り決めが必要です。
契約書に含めるべき内容:
- スタッフの雇用継続に関する合意条項
- 雇用条件の変更がある場合の条件提示や交渉の義務
- 雇用契約の引継ぎや、離職した場合のリスク分担
4.2 労働問題の確認とリスク対応
過去に労働問題があった場合や、スタッフとの間で未解決のトラブルがある場合、M&A後にそのリスクを引き継ぐことになります。特に、未払い残業代や不当解雇などの問題は、重大な法的リスクを伴います。
契約書に含めるべき内容:
- 過去の労働トラブルの有無についての開示義務
- 労働トラブルが発覚した場合の補償責任や賠償条項
- 労働契約や賃金支払いに関する適正確認の条項
- 賃貸契約や設備に関するリスク
5.1 賃貸契約の引継ぎ
歯科医院の物件が賃貸である場合、M&A後に賃貸契約をスムーズに引き継げるかが重要なポイントとなります。賃貸契約の条件や引継ぎの可否が不明確な場合、M&A後にクリニックを運営できなくなるリスクがあります。
契約書に含めるべき内容:
- 賃貸契約が適切に引き継がれることを保証する条項
- 賃貸条件が変更される場合の対応策や賃料改定に関する調整
- 賃貸契約が引き継げない場合の取引解除条項や賠償責任
5.2 設備の状態とメンテナンス
歯科医院では、医療機器や設備が重要な資産となりますが、これらの設備が適切にメンテナンスされているかどうかもリスクの一つです。M&A後に設備の不具合が発覚すると、追加の修繕コストが発生するため、契約書で事前に対応を定めておくことが求められます。
契約書に含めるべき内容:
- 設備の状態に関する保証や修繕義務
- 設備が正常に稼働しない場合の責任分担
- 設備のメンテナンス履歴の開示義務や今後のメンテナンス費用負担
まとめ
歯科医院のM&A契約書には、業界特有のリスクを適切に管理するための条項を盛り込むことが重要です。診療報酬の請求に関するリスク、許認可の継承、患者カルテや個人情報の管理、スタッフの雇用、賃貸契約や設備に関する問題など、歯科医院特有のリスクを事前に把握し、契約書に明記することで、M&A後のトラブルを回避することができます。専門家の助言を受けながら、これらのリスクに適切に対応した契約書を作成することが、成功するM&Aの鍵となります。
東海事業継承サポートセンター