はじめに
医療法人のM&Aで最も危険な論点のひとつが、
「社員が退社すると医療法人が解散する」
というルールです。
特に小規模な医療法人では、
- 社員が1名、または2名のみ
- 理事と社員が同一人物
- 家族以外に社員がいない
というケースが多く、承継スキームが整っていないと
**意図せぬ“法人の自動解散”**につながります。
本コラムでは、社員退社リスクの仕組みと、M&Aで必ず取るべき対策を整理します。
1.医療法人の「社員」とは誰か?
医療法人における社員とは、
“株式会社の株主のような最終意思決定機関(社員総会)の構成員”
のことです。
- 代表権は理事長
- 経営執行は理事
- 最高意思決定は社員総会
という三層構造のうち、根幹が「社員」です。
医療法人のほとんどが
社員=理事=院長
という一体構造になっており、そこにリスクがあります。
2.なぜ社員退社で解散するのか?
医療法では、
社員が一人もいなくなると、医療法人は継続できない=当然解散
とされています。
理由:
社員総会が存在しない=法人として成り立たない
からです。
つまり、社員が退社した瞬間、法人は存続根拠を失います。
3.実際のよくあるパターン
以下のケースは非常に危険です。
- パターン①
社員が院長1名のみ
→ 院長が退社=即日法人が解散
- パターン②
社員が院長と奥様の2名
→ 奥様が先に退社 → 院長退社で法人解散
- パターン③
社員=理事=院長
→ 持分移転、基金返還、役職交代のタイミングが一致せずに退社扱い
現場では、
「単なる役職変更のつもりが“退社”として処理されていた」
という事故も起きています。
4.M&Aにおける主要リスク
社員退社の扱いを誤ると、次のような重大な問題が起こります。
- 法人が自動解散 → 保険請求ができない
- スキームが失敗 → M&Aが破談
- 解散手続きで診療継続が不可能に
- クリニックの許可が失効 → もう一度開設許可からやり直し
これは医療法人特有の極めて重いリスクです。
5.必ず必要な“承継対策”
(1)社員の入れ替えを“同時に”行う
最重要ポイントはこれです。
売手社員の退社と買手社員の加入を“同時に”行うこと。
1秒でも前後すると、退社の瞬間に法人が無社員=解散状態になります。
実務では:
- 同日付
- 連続した議事録
- 法務チェック済みの決議順序
ですべてがつながるよう調整します。
(2)社員の頭数を増やしておく
M&A前の改善策として有効です。
- 親族
- 幹部職員
- 退職しない見込みの医師
などを事前に社員に追加し、
最低2〜3名構成にしておくのが安全です。
(3)社員=理事の兼任を整理しておく
ほとんどの医療法人で
社員=理事=院長
となっているため、役職変更が“退社”と誤認される原因になります。
理事変更は理事会決議、
社員変更は社員総会決議、
と異なる会議体で行う必要があります。
(4)事前に「承継プロトコル」を作る
M&Aの際、以下の順序・日付・決議文案を事前に固めた
**承継プロトコル(手順書)**を作成することが必須です。
- 社員交代(退社・加入)
- 理事交代
- 理事長交代
- 代表印の変更
- 厚生局・保健所届出
- 社員総会・理事会の日付整合
現場で最も多い事故は、
「決議日が前後していた」
という単純ミスです。
まとめ
医療法人の承継において、
社員退社=即解散
というルールは、最重要かつ最難関の論点です。
承継を成功させるには:
- 員構成(人数・役割)の事前整理
- 社員交代と理事交代の正しい順序
- “同日付・連続決議”の実務運用
- 承継プロトコルの作成
これらを確実に押さえることが不可欠です。
一つでもミスすると解散・許可失効につながるため、
極めて慎重な設計が求められます。
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